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273 「自分」と「自分の身体」を切り離す

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年9月27日
  • 読了時間: 2分

 いろいろな病気で悩んでいる人は、心の態度を変えることが一番大切だと思います。第一にしてほしいことは、「自分」と「自分の身体」とを離して考えることです。「私が病気だ」と思うのではなくて、「この身体が病気だ」と観るということです。病気という言葉も使わないほうがいいでしょう。「この身体がうまく作動しない。故障だらけの身体だ」と、身体を機械のように客観的に観る。どこかが痛い場合は、「この身体の胸のほうが痛い」「この身体の足のほうが痛い」と観てください。これは瞑想の実践です。自分が自分の身体から離れて、外から身体を観察する監視役のようなものになってほしいのです。ズキズキする、チクチク痛いなど痛みにもいろいろありますから、自分が感じるように言葉を選んでください。咳が出る場合は「この身体は咳が出ている」、痛い場合は「この身体に今こういう痛みが出ている」というように、自分と身体を少し離して客観的にみる。この実践を続けると、病気はかなり和らぎます。「病気を治したい」という願いはとりあえず横に置き、身体を観察する実践だけをしていけば、きっと良い結果が得られます。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《病気》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【まさか「老病死に勝つ方法」があったとはブッダが説く心と健康の因果法則 (2008年) (改題 「老病死に勝つブッダの智慧 心と健康の因果法則」2017年 p151)

 
 
 

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