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293 世界を思い通りにしたいエゴ

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年9月8日
  • 読了時間: 1分

 自分の希望通りに誰かが動いてくれないと、相手が悪いとか、ああだこうだと文句が出ます。世界の生命がみんな、自分のために働き、動いてほしいと心の中で思っています。嘘ではありません。私たち人間は、みんなそうなのです。世の中のすべての生命が、「自分のため、自分の利益のために、自分の幸福のために、行動してほしい、活動してほしい」と、思っています。それが人間であり、もちろん、あなたもそうです。人が通らない道で、一人の人間がラーメンの屋台をやることにしました。もう一人の人間が、同じところでラーメンの屋台を開いています。客がいないので、互いにあらゆる工夫をして自分のラーメンを売ろうとします。二人とも「私のラーメンを買ってくれ。でも、あなたのラーメンはいりません」と言い合っています。私たちの人間関係は、こんなものです。自分のわがままを言い張っているだけです。『一分で読むブッダの教え』第5章 仏教が教える「生きること」の本質《自我》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【現代人のための瞑想法 役立つ初期仏教法話4」 (サンガ新書13 2007年) p21】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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