top of page
検索

31 ニーズが少ないこと、不満を感しないこと

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年11月7日
  • 読了時間: 1分

 「ニーズ」というのは、生きるために必要不可欠なものに近寄ることです。あるものを捨てるのではなく、必要不可欠と余分という二つに、欲の対象を分けてみるのです。欲を「ニーズ」と「余分」に区別して生きる人に、「知足」という満足感が生じます。欲があっても楽しく生きられます。「知足 santutthiサントゥッティ」とは「足りていると知ること」です。「喜んでいる」という意味になりますが、満足することから起こる喜びを意味します。「知足」というのは精神的に病気にならない工夫なのです。問題はいつでも我々の心です。「不満を感じることに気をつけろ」ということです。その瞬間、その瞬間で、「不満だけは感じないぞ」というふうに決めておけば、もう完璧に安全で健康に生きていられます。精神的にも肉体的にも健康です。現代人がとても関心のある長生きを実現するポイントは、「少欲」と「知足」です。守るのは、この二つだけなのです。「少欲」と「知足」があれば、人生は安全です。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《欲》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【真理のききめアルボムッレ・スマナサーラ法話選2 P188】

 
 
 

最新記事

すべて表示
観察の汚れ:⑤ 楽sukha

観察の汚れ:⑤ 楽sukha  楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜

 
 
 
観察の汚れ:④ 軽安passaddhi

観察の汚れ:④ 軽安passaddhi  軽安とは、軽いという意味です。落ち着いた、というニュアンスも入っています。真夏に人が道を歩いたとしましょう。暑いし、歩いて身体も疲れているのです。それから、クーラーがついている家に入ります。ソファに座ります。今までの苦しみが消えていきます。落ち着くのです。  ヴィパッサナー修行は重労働です。集中力を保つことも大変です。身体で痛みを感じます。修行がうまく進ま

 
 
 
観察の汚れ:③ 喜pīti

観察の汚れ:③ 喜pīti  修行中、喜びが湧いてきます。今までも修行が進んでいると喜びを感じた経験があったことでしょう。それは「うまくいっている」という程度の喜びです。しかし、今度のこれはわけが違います。喜びの波が溢あふれ出すのです。何かやり遂げたときの喜びと違って、喜びの波が勝手に現れて、身体中に行き渡ります。終わりそうもない気がします。純粋な喜びなので、何の副作用も見当たりません。「喜び中毒

 
 
 

コメント


bottom of page