top of page
検索

35 エゴイストは法則違反

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年11月11日
  • 読了時間: 1分

 考えてみてください。自分が生きるために必要なすべてのものは、他人が与えたものです。自分の金で買ったのだと自慢できません。金も買う品物も他人からいただいたものです。人は一文無し、裸で生まれるものです。それからどうですか? つぶされるほどの物にあふれて生きているのではないでしょうか。すべて与えられたものです。それなのに、与えられていないものを取る愚か者もいるのです。与えられたもので命をつなぐのは自然の流れです。命は独立しては成り立ちません。ですから、人がエゴイストであるならば、その時点で命の法則を破っているのです。法則を破ると生きる権利がなくなります。エゴを捨てて、命を自然の流れに任せてください。いただいている恩恵を、自分の義務を果たすことでお返ししてください。エゴイストは世界に、社会に、会社に、家族に、友人に、他人に文句を言うのです。他人から恩恵を受ける資格を失います。理性がある人は、借りを返す気持ちで生きてみます。その人は幸福に恵まれます。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《欲》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版

 
 
 

最新記事

すべて表示
観察の汚れ:⑤ 楽sukha

観察の汚れ:⑤ 楽sukha  楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜

 
 
 
観察の汚れ:④ 軽安passaddhi

観察の汚れ:④ 軽安passaddhi  軽安とは、軽いという意味です。落ち着いた、というニュアンスも入っています。真夏に人が道を歩いたとしましょう。暑いし、歩いて身体も疲れているのです。それから、クーラーがついている家に入ります。ソファに座ります。今までの苦しみが消えていきます。落ち着くのです。  ヴィパッサナー修行は重労働です。集中力を保つことも大変です。身体で痛みを感じます。修行がうまく進ま

 
 
 
観察の汚れ:③ 喜pīti

観察の汚れ:③ 喜pīti  修行中、喜びが湧いてきます。今までも修行が進んでいると喜びを感じた経験があったことでしょう。それは「うまくいっている」という程度の喜びです。しかし、今度のこれはわけが違います。喜びの波が溢あふれ出すのです。何かやり遂げたときの喜びと違って、喜びの波が勝手に現れて、身体中に行き渡ります。終わりそうもない気がします。純粋な喜びなので、何の副作用も見当たりません。「喜び中毒

 
 
 

コメント


bottom of page