top of page
検索

4 不満は放っておく

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年10月11日
  • 読了時間: 1分

 私たちは常に、今の瞬間に不満です。すべての現象は不完全なので、今の瞬間が不満であることは当然です。しかし執着があると、何でもうまくいって満足に達したいという欲望が現れます。それは叶わない希望です。不満を感じることが苦しいのです。満足に達したくなります。しかし、それは不可能です。自分に対して不満を感じる。他人のことに不満を感じる。世間の物事に不満を感じる。すべての現象は不満の対象になります。満足はあり得ないので、不満を放っておくことにしましょう。気にして悩まないことにしましょう。不安は現象の自然な姿であると理解しましょう。放っておくとは、何事にも無関心で生きることではありません。不安を感じても悩まない、苦しまない生き方を選ぶことです。放っておく能力を育てましょう。放っておくとは智慧の働きです。一切の現象に対して放っておく能力が現れたら、それは仏教用語で「解脱」といいます。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《怒り》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page