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52 肉体は地球からのレンタル

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年11月28日
  • 読了時間: 1分

 肉体は、個人のものではありません。地球のものなのです。地球から、太陽のエネルギーから身体を作るのです。私たちは肉体に限らず、地球からすべてを借りています。いわば、すべて「レンタル」です。皆さん、あまりレンタルだとは思わないようです。「これは私の家」「これは私の身体」「これは私の家族」などと、何でも「私のもの!」と主張するでしょう。仏教ではそれは罪だと説きます。「私の」と言うたびに罪を犯すので、人はすぐに不幸になってしまいます。仏教はそれをシビアに指摘し「あなたのものは何もありませんよ」と教えます。自分の40兆の細胞、すべてがレンタルです。遺伝子もレンタルですよ。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《自我》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【苦の見方 (サンガ新社2023年) p71】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

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広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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