top of page
検索

64 人と比べると生きづらくなる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年12月10日
  • 読了時間: 2分

 慢(まん)とは、「計る」「比べる」という意味です。生きている、認識しているだけで、「私」という概念が生まれてくる。その、「私」が生まれたところで、「私」を中心にして、「私」という殻を作って、その中から情報を比べること、計ることが始まるのです。Māna 慢という計りで「私」と他人を比べるのです。そういう思考態度は、「比べる」生き方というのは、すごく汚いのです。捨てた方がいいものです。みんな、とにかく比べる。それはすごい苦しみのもとなのです。比べる気持ちが入ったら、生きづらいのですよ。「あの人は上手ですよ。この人は下手ですよ。私はこうですよ」と比べたら、どれほど苦しいことか。その苦しみはみんな、比べること・慢から生まれるのです。慢を捨てれば、結構生きやすいのです。人と比べるのではなく、「自分にできることをやればいいし、できなければやめればいいし」という生き方だと、楽です。苦しくないのです。でもみんなすぐに比べるから、それで生き方がすごく難しくなる。しかし、よりよい、より正しい結論に達するために客観的に比較してみることは、知識を開発する手段の一つです。それは間違いではありません。「私」が自分を他人と比べることが間違いなのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《苦》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【ブッダの実践心理学 第三巻 心所の分析 p117】

 
 
 

最新記事

すべて表示
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa  自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa  一切の現象は怖畏のみをつかさどるのが本性であるならば、現象に対する未練を捨ててしまうのが理性的です。おいしそうに見える食べ物がある。食べたいという気持ちもある。その食べ物を徹底的に調べてみたところ、少量服用しただけでも死に至る猛毒で汚染されていると発見する。その発見と同時に、その食べ物に対して今まで持っていた未練は跡形もなく消えるのです。

 
 
 
一切のものごとの短所を発見する

一切のものごとの短所を発見する  ありのままの現象を観察する修行者には、いとも簡単にすべての現象の短所が観えます。短所という言葉を使ったからといって、滅する現象に長所があるわけではありません。ただ怖畏だけ感じても、智慧は足りません。なぜ怖畏なのかと、明確に知った方がよいのです。言葉にすべき理由などはありませんが、現象はなぜ怖畏なのか、明確に発見します。「こういうわけで現象は怖畏です」というような発

 
 
 

コメント


bottom of page