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80 人格のミラーボールをなめらかにする

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年12月26日
  • 読了時間: 1分

 我々の人格は多面体にたとえることができます。我々は、この世界からのデータに、どんなふうに反射するのかわからないあらゆる側面を 持っている多面体なのです。ミラーボールのように、ミラー自体が一個一個、デコボコしていて、どのように反射するかわかりません。情報が入ったら、瞬時に反射してしまいます。だから、物事をありのままに反射できるように、多面体の性格を直さなくてはいけないのです。そのためには、自己観察すること以外の方法はありません。自分をそのまま見る。善し悪しの判断をしないで、自分を観察する。自分に気づいて観る。その方法で、不思議と自分がおとなしくなって、冷静な人間に成長していくのですね。そうすると、デコボコしたガラスがきれいになめらかになって、最終的には、どんな反射をするべきか自分で判断できるようになる、というわけです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第2章 仏教の教えを理解する《修行》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【観察 「生きる」という謎を解く鍵 想田和弘氏との共著 (2018年) P292】

 
 
 

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