top of page
検索

84 観察して理性を育む大切さ

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年3月11日
  • 読了時間: 2分

 理性が大事であることをさらに説明します。たとえば、仏教では五戒を守ることは善い行いとされます。しかし「いわれるからやらないようにしよう」「悪行為だからやめます」というだけではダメなのです。そこに理解(如理作意)がなくてはいけないのです。たとえば、なぜ嘘はよくないのか。そして、嘘をつかない生き方をすると、どんな結果になるのか。不幸になるのか、幸福になるのか。嘘をつかないようにするとき、どのような不都合が起こるのか、それがどのようにして乗り越えられるべきか、などなどにも気をつけなくてはいけないのです。「嘘をつかない」という実験をしながらどのよう に心が変わって成長するのかと、発見する必要があります。つまり、いくら善行為をしても、そのことで理性が生まれなければ意味が ないのです。心の底から「ああ、本当に嘘をつくのは、自分が不幸になる悪行為なのだ」「嘘をつかないというのは、自分が幸福になる善行為なのだ」としっかり理解できればありがたいのです。理性が生まれてくると戒を守ることも、善を行なうことも、無理な行為ではなく自然な行為に変わってしまうのです。理解を伴わない、如理作意のない形式的な善行為だけでは無智を叩けません。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第2章 仏教の教えを理解する《修行》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【バカの理由 役立つ初期仏教法話12 (サンガ新書045) p165】

 
 
 

最新記事

すべて表示
一切のnāma とrūpa は危険極まりのないものであると、さらに強烈に発見する

一切のnāma とrūpa は危険極まりのないものであると、さらに強烈に発見する  Paṭisaṅkhā の意味を考えてみましょう。「これだからこうなっている。こうすればこのような結果になる」といった観察です。日常生活では普通におこなう作業です。例えば、このスイッチの上の方を押せば電気が点く、下の方を押せば電気が消える、などなどの観察です。その能力がないと、生きていられません。それは俗世間の能力で

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa  火事の喩えの続きです。燃えている寝室から脱出したくなるでしょう。しかし、その気持ちになっただけで、脱出成功とは言えません。まだ脱出を実行してもいません。脱出を実行する前に、やらなくてはいけないことがあるのです。それは火事になっている寝室を観察することです。正しく観察しないで脱出を実行すると、死んでしまうかもしれません。窓から逃げれば

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa  自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ

 
 
 

コメント


bottom of page