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85 気持ちを無視する修行

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年12月31日
  • 読了時間: 1分

 悩みや問題が何もなく、心は平穏で、いつでも能力をフルに発揮して生きられる。そんな人生にするために、大脳を開発しましょう。原始脳の指令を無視して大脳を働かせるようにするのです。原始脳には理解能力がない。存在欲と恐怖感という感情で働く。自己主張でわがままで、のちに起こる結果を推測することも不可能です。大脳皮質は考える能力を持っているし、世間の情報も知っているのです。無智で感情の塊になっている原始脳の指令で働くと人生は大失敗するに決まっているのです。原始脳の指令を無視して大脳を使う訓練をしてみましょう。今、勉強する気はありません。遊んでふざけたいという気持ちです。その気持ちの指令を無視する。大脳は時間を無駄にしないで勉強するべきであると知っています。それに従って勉強します。勉強することから充実感を感じるようにします。 感情的に表れる、寝たい、怠けたい、遊びたい、自我を張りたい、攻撃したいなどなどの感情も、このように無視することにしましょう。「感情を抑えて理性を優先にする」という言葉で覚えておけばよいのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第2章 仏教の教えを理解する《修行》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
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とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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