品格sapporobukkyoujuku2025年3月26日読了時間: 1分初期仏教の経典では、あとから勝手に編集できないように、厳密に真理を語っていますが、「これしかないよ」とわざわざ言う必要もないのです。お釈迦様は品格を大切にしていましたから、「私こそ真実を語っているんだぞ、他の人の説く真実を聞くな」というような言葉はないのです。【アルボムッレ・スマナサーラ、大念処経、株式会社サンンガ 2016、p.18】
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa 自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ
六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa 一切の現象は怖畏のみをつかさどるのが本性であるならば、現象に対する未練を捨ててしまうのが理性的です。おいしそうに見える食べ物がある。食べたいという気持ちもある。その食べ物を徹底的に調べてみたところ、少量服用しただけでも死に至る猛毒で汚染されていると発見する。その発見と同時に、その食べ物に対して今まで持っていた未練は跡形もなく消えるのです。
一切のものごとの短所を発見する一切のものごとの短所を発見する ありのままの現象を観察する修行者には、いとも簡単にすべての現象の短所が観えます。短所という言葉を使ったからといって、滅する現象に長所があるわけではありません。ただ怖畏だけ感じても、智慧は足りません。なぜ怖畏なのかと、明確に知った方がよいのです。言葉にすべき理由などはありませんが、現象はなぜ怖畏なのか、明確に発見します。「こういうわけで現象は怖畏です」というような発
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