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magga-citta の次にかならずphala-citta が生まれる

  • sapporobukkyoujuku
  • 6月9日
  • 読了時間: 1分

magga-citta の次にかならずphala-citta が生まれる

 ヴィパッサナー実践の最後の段階に入った修行者の心の流れに、gotrabhū-citta 種姓心が現れます。Gotra とは日本語で◯◯ 家というファミリーネームです。修行で徹底的に鍛えられた心が、聖者として生まれようとするときの心であると理解した方が分かりやすいです。人間が生まれることを想像してみましょう。羊水が破れて、陣痛が引き起こす圧力によって赤ちゃんが生まれる準備をします。それをgotrabhū-citta 種姓心に喩えましょう。それから、赤ちゃんが産道に入ります。それを修行者にmagga-citta 道心が生じた状態に喩えましょう。産道から外に出た瞬間から、赤ちゃんが生まれたことになるのです。Magga-citta の次、修行者にphala-citta 果心が生まれます。その瞬間から、解脱者になるのです。解脱者として生まれる道に入ったときの心がmagga-citta です。赤ちゃんの頭が産道から見えるようになると、すぐ生まれます。時間はかかりません。修行者にmagga-citta が生まれたら、次にかならずphala-citta が生まれて、解脱者になるのです。逆戻りは絶対あり得ません。産道に入った赤ちゃんが、また母胎に戻るようなことは絶対あり得ないのと同じです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p159】

 
 
 

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