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parikamma 遍作、upacāra 近行、anuloma 随順、gotrabhū 種姓という順番

  • sapporobukkyoujuku
  • 5月27日
  • 読了時間: 1分

parikamma 遍作、upacāra 近行、anuloma 随順、gotrabhū 種姓という順番

 禅定の場合はparikamma 遍作、upacāra 近行、appanā 安止、という順番になります。安止とはサマーディのことです。ヴィパッサナーの場合は、parikamma 遍作、upacāra 近行、anuloma 随順、gotrabhū 種姓、という順番を経て、解脱に達します。

 Parikamma遍作とは修行することです。しかしアビダンマ心理学では、サマーディか解脱に達するほんの僅かな瞬間の前のところまで、修行の範疇に入れます。次の心はサマーディか解脱に近寄った状態なので、upacāra 近行と言います。

 サマーディ瞑想では、次の瞬間でサマーディに達します。ヴィパッサナー瞑想の場合は、十種類の智慧の九番目・⑨ anuloma ñāṇa 随順智という心が生まれます。解脱の玄関にたどり着いた、という意味でしょう。次の瞬間に生まれる心は、解脱に達する修行者にのみ起こる、瞬間の心です。サマーディ瞑想では生まれません。その心に ⑩gotrabhū と言うのです。 人間の場合、gotra というのは家系のことです。ヴィパッサナーの場合は、聖者の家系、という意味になります。Bhū は、生まれるという意味です。聖者の家系に生まれる瞬間のことです。次の瞬間で、聖者なのです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p154】

 
 
 

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