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まず呼吸の感覚をよく感じ取る

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年5月8日
  • 読了時間: 1分

まず呼吸の感覚をよく感じ取る 呼吸とは、意識的にも無意識的にもできるものです。自律神経系だけではなく、体性神経系(感覚神経と運動神経)でもできるものです。ヴィパッサナー瞑想の場合は、呼吸という身体のはたらきが起こるときも、感覚に気づくのです。それを明確に行なうために、最初は意図的に深呼吸したほうが良いのです。そのとき、「吸うときはこの感覚だ、吐くときはこの感覚だ」と明晰に感じることができます。しかし、意図的に強引に呼吸することは、ありのままの現象を観るヴィパッサナー瞑想においては、正しくないやり方になります。まず深呼吸して、呼吸の感覚をよく感じ取って、それから、呼吸を身体に任せるのです。経典はそのところから説明しているのです。【アルボムッレ・スマナサーラ、大念処経、株式会社サンガ2016、p.59】

 
 
 

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