一切のnāma とrūpa は危険極まりのないものであると、さらに強烈に発見する一切のnāma とrūpa は危険極まりのないものであると、さらに強烈に発見する Paṭisaṅkhā の意味を考えてみましょう。「これだからこうなっている。こうすればこのような結果になる」といった観察です。日常生活では普通におこなう作業です。例えば、このスイッチの上の方を押せば電気が点く、下の方を押せば電気が消える、などなどの観察です。その能力がないと、生きていられません。それは俗世間の能力で
六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa 火事の喩えの続きです。燃えている寝室から脱出したくなるでしょう。しかし、その気持ちになっただけで、脱出成功とは言えません。まだ脱出を実行してもいません。脱出を実行する前に、やらなくてはいけないことがあるのです。それは火事になっている寝室を観察することです。正しく観察しないで脱出を実行すると、死んでしまうかもしれません。窓から逃げれば
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa 自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ
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