top of page
検索

出世間レベルの智慧

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年9月22日
  • 読了時間: 1分

出世間レベルの智慧 出世間レベルの智慧は、それより上です。出世間レベルの智慧とは、解脱を引き起こす、涅槃を経験させる、執着を捨てられるようになる智慧のことです。この超越した智慧に達するためには、ヴィパッサナー瞑想という観察の実践が欠かせません。解脱を目指して観察実践する修行者に、徐々に超越した智慧が現れてくるのです。 しかし、出世間レベルの智慧については、「超越した智慧とは、このようなものである」と分かりやすく定義することも、説明することも、できないのです。だからといって、何の説明もなく、超越した智慧に挑戦することも難しいと思います。智慧ではないのに智慧だと誤解する恐れもあります。ですから、観察瞑想を実践する人々は、智慧とはこのようなものである、という何らかのガイドライン的な理解が必要です。 これから、その智慧の説明に入ります。観察瞑想を実践することにより身につく智慧は、vipassanā-ñāṇa 観智と言います。十種類あります。【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p34】

 
 
 

最新記事

すべて表示
自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる

自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる  それから、今現在の心を観察します。何を発見して心が涅槃に入ってしまったのか、観察します。すると、自我は存在しない、成り立たない、因縁によって一時的に起こる現象に対しての勘違いに過ぎない、という発見の次に、涅槃を経験したのだと分かるのです。要するに、「有身見」が消えたのです。修行者は、仏道が正しい道であると経験しています。ですから「疑」も

 
 
 
涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する

涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する  テキストでは、magga 道、phala 果、nibbāna 涅槃、根絶した煩悩、残りの煩悩を観察するのだと説明しています。この順番で観察する必要がある、というわけではありません。修行者は自分が気になる順番で観察すると思います。悟りの経験は並外れた大胆な経験です。そのときは、心さえも存在しなかったのです。修行者は、認識の流れが戻ったら、まずそれを観

 
 
 
強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する

強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する  果心が起きてから、心は有分心になります。それから普通の認識過程に戻ります。普通の認識過程といっても、五根から情報を得て混乱している心のレベルではありません。強烈な集中力で、観察能力がついている心です。その能力を活かして、観察します。ほんの瞬間前に何が起きたのか、観察するのです。 【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サ

 
 
 

コメント


bottom of page