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原始脳もそう簡単に負けを認める気はありません

  • sapporobukkyoujuku
  • 6月6日
  • 読了時間: 1分

原始脳もそう簡単に負けを認める気はありません

 このように説明すると、一回の修行で完全なる解脱に達することが可能であるように見えます。しかし原始脳もそう簡単に負けを認める気はありません。ですから完全なる悟りは預流果、一来果、不還果、阿羅漢果という四つのステージで完成するのです。最初の悟りで、罪を犯すまで激しくなる貪瞋痴の感情の力を失います。自分という魂があるという錯覚もなくなります。しかし自分という実感は残っています。六根に入る対象に対して、好きなもの、嫌いなもの、という区別もあります。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p157】

 
 
 

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