top of page
検索

心を清める七つのステージ ⑶

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年8月28日
  • 読了時間: 1分

心を清める七つのステージ ⑶

 ⑥ 行道智見清浄:「どれが道か、どれが道でないか」という智慧が生まれた人は、次に、その道を実践してみることになります。自分が決めたとおりの研究方法で、実際に研究するということが、行道智見清浄です。 

 ⑦ 智見清浄:最後は、智慧が生まれてくる段階です。仮説を立証するための研究を実際にやってみたら、どうなるでしょうか。仮説が立証できますね。真理に至る道が分かり、実際にその方法をやってみれば、そこで、七番目の智見清浄が現れるのです。

 すごく分かりやすい七段階だと思います。普通の世の中のどこにでもある研究の仕方を考えてみれば、誰でも、この七つの段階を順番にやっているのです。そういう点でも、仏教だけが紹介しているヴィパッサナー瞑想の世界が、いかに一般的で科学的かということがお分かりいただけるでしょう。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p15】

 
 
 

最新記事

すべて表示
自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる

自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる  それから、今現在の心を観察します。何を発見して心が涅槃に入ってしまったのか、観察します。すると、自我は存在しない、成り立たない、因縁によって一時的に起こる現象に対しての勘違いに過ぎない、という発見の次に、涅槃を経験したのだと分かるのです。要するに、「有身見」が消えたのです。修行者は、仏道が正しい道であると経験しています。ですから「疑」も

 
 
 
涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する

涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する  テキストでは、magga 道、phala 果、nibbāna 涅槃、根絶した煩悩、残りの煩悩を観察するのだと説明しています。この順番で観察する必要がある、というわけではありません。修行者は自分が気になる順番で観察すると思います。悟りの経験は並外れた大胆な経験です。そのときは、心さえも存在しなかったのです。修行者は、認識の流れが戻ったら、まずそれを観

 
 
 
強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する

強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する  果心が起きてから、心は有分心になります。それから普通の認識過程に戻ります。普通の認識過程といっても、五根から情報を得て混乱している心のレベルではありません。強烈な集中力で、観察能力がついている心です。その能力を活かして、観察します。ほんの瞬間前に何が起きたのか、観察するのです。 【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サ

 
 
 

コメント


bottom of page