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滅尽定に入るための準備と実践

  • sapporobukkyoujuku
  • 7月25日
  • 読了時間: 2分

滅尽定に入るための準備と実践

 例えば用事があって、朝五時に起きなくてはいけないことになりました。寝る前に自分の心に「五時にかならず目が覚めます」と言ってあげれば、五時少々前に目覚めます。誓願は暗示ではありませんが、ともかく心は前もって決めたことをおこなうのです。ですから滅尽定に入る聖者は、いくつかの項目を誓願するのです。① 衣・鉢・住居など周りのものが禅定中被害に遭わないように。② サンガに呼ばれたら、その時点で禅定から立ち上がるように。③ 同じくブッダに呼ばれたら、その場から立ち上がるように。この三つのことを誓願します。そして④ 自分の寿命がどれくらいあるのか、調べておきます。死ぬ間際なら、滅尽定に入れません。滅尽定に入っている時間より寿命が長くなければいけません。仏教では、滅尽定に入ったらそのまま七日間いるのが常識のようです。自分の寿命が七日以内だったら、滅尽定を諦めます。これは大掛かりな場合だと思います。お釈迦様が短い時間で滅尽定に入って、それから立ち上がった話は註釈書などにたびたび出てきます。

 以上、四つの項目は滅尽定に入るための準備です。

 聖者は誓願してから、第一禅定から瞑想を始めます。最後の非想非非想処定に達してから、心はストップになって滅尽定になります。いつ滅尽定から立ち上がるのかは、前もって誓願してあるのです(常識は七日間)。その時間がきたら、ストップになっていた心が再び起動します。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p178】

 
 
 

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