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滅尽定に入る過程

  • sapporobukkyoujuku
  • 7月23日
  • 読了時間: 2分

滅尽定に入る過程

 サマタ瞑想で九番目のサマーディである無色界のnevasaññānāsaññāyatana 非想非非想処の禅定まで進んで、また自由に禅定に入ったり出たりする能力もある不還者か阿羅漢が、滅尽定に入る挑戦をします。どんなサマーディに入ろうとする場合でも、最後に心が禅定のステージに飛び上がるときの、決まっているステップがあります。それについて、本巻のサマタ瞑想編で詳しく説明しました。大事な用語だけここで繰り返して説明します。 

 まずはparikamma 遍作ステップです。禅定に入るための準備をするところです。それが終わったら、upacāra 近行ステップに入ります。心がこれから入ろうとするサマーディ状態に近づいてきます。次にanuloma 随順ステップに入ります。心がこれから入ろうとするサマーディとほとんど似た状態になります。最後のステップは、appanā 安止と言います。心はサマーディに入ります。色界・無色界の禅定に入る瞑想であっても、解脱に達するヴィパッサナー瞑想であっても、最後のステージはこの四つのステップで説明されます。

 不還者か阿羅漢は、まず第一禅定に入ります。その中身を無常・苦・無我という三相に合わせて観察して、第二禅定に入ります。このような順番で、最後に無色界の非想非非想処の禅定に入ります。非想非非想処定の無常・苦・無我を観察すると、滅尽定になってしまいます。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p177】

 
 
 

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