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火の元素の観察

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年7月7日
  • 読了時間: 2分

火の元素の観察  次は、火の元素です。火とは言葉通りに火です。詳しく言えば、熱・温(度)です。それも素粒子としてはたらくエネルギーなのです。身体のなかにある熱を感じて、火の元素だと認識すれば良いのです。 外を観ると、至るところに火を発見できます。そのときは、火の元素だと発見するのです。倒れて動かない動物がいるとしましょう。生きているか死んでいるか分からない。それで触ってみる。熱を感じる。「死んでない。まだ生きている」と判断するのです。それで分かりますか、生かされている、というエネルギーは? 火の元素です。 氷の塊があります。どのように水に変えられますか? 熱を入れるのです。他にどんな方法をとっても、氷の塊は、水にならないのです。それで結論です。地の元素を火の元素が変化させるのです。氷を水にするのです。水を気体に変えるのです。変化はそれだけではありません。紙一枚があります。それに火をつけましょう。燃えて灰になる。見た目的には全く違う物質になっているのです。形のあった紙が、形の定まらない塵になっているのです。すごい変化です。火の元素がやったのです。 全てのものごとに熱があるのです。我々は比較して、温かい、冷たい、と言いますが、冷たいというものにも、熱があるのです。ですから全てのものごとは、このままでいることなく、絶えず変化するのです。それは火の素粒子によって起きる出来事です。 素粒子の話、波長の話などを持ちださなくても、このはたらきは観察することで発見できるのです。ロウソクの炎を観て、火(tejo)だと確認する。温かいと感じて、火(tejo)だと確認する。自分の身体の温かいことを感じて、火(tejo)だと確認する。いたって簡単な方法でしょう。しかし、このやり方で、火(tejo)という元素・素粒子・エネルギー・はたらき・波動を発見できます。この実践の仕方を自分の身体、他人の身体、全ての身体、という三ステップで実践します。さらに、ものごとの全てに火(tejo)の元素があるのだと観察することを実践するのです。 【アルボムッレ・スマナサーラ、大念処経、株式会社サンガ2016 p106】

 
 
 

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