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現象が持っているこの唯一な相を土台にして解脱に達する

  • sapporobukkyoujuku
  • 6月29日
  • 読了時間: 1分

現象が持っているこの唯一な相を土台にして解脱に達する

一般的に人々は、世にある無数無限の現象に互いに異なる無数無限の特色があると思っているのです。例えば、うどんとラーメンと蕎麦はそれぞれ違う食べ物であると思ってしまうようなことです。自分の好み・主観で見れば、うどんとラーメンは決して同じものではありません。しかし客観的に見れば、「何が違うの?」ということになります。

 一切の現象についても、個人の主観で見れば特色(相)は無数無限です。客観的にありのままに正しく観察してみると、無数無限の相が消えて、「すべての現象は無常である」という一つの相に集約されるのです。現象が持っているこの唯一な相を土台にして解脱に達するので、解脱の名称は無相解脱となるのです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p166】

 
 
 

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