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現象が生まれては消える

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年10月3日
  • 読了時間: 1分

現象が生まれては消える 瞬間瞬間の現象を認識することで、脳は精一杯です。言葉を探す暇さえもありません。そこで正直な修行者の心が、まんべんなくすべての現象を確認しようとして、ある方法を発見します。さまざまな現象を、長い期間をかけて確認してきたので、新たに確認するべき新たな現象はないだろう、ただ現象が現れる速さには追いつかないだろう、という気になります。現象というのは、瞬時に現れて、瞬時に消えるのだ、と発見します。それに集中すると、また丁寧に現象を追うことができるようになります。修行者に、自動的に、現象が生まれては消える姿が観えてくるのです。修行中であっても、ご飯を食べたり、他のことをやったりしていても、現れては消える現象が気になります。それでまた、心がいっぱいになります。一切の現象は生まれては消えるものである、という智慧に達します。これが生滅智なのです。【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p41】


 
 
 

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