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神秘体験とはどのようなものか

  • sapporobukkyoujuku
  • 3月12日
  • 読了時間: 1分

神秘体験とはどのようなものか

 瞑想する人々は、神秘体験を欲しがるようです。ときどき、瞑想しない人々にも神秘体験が起きたという話が耳に入ります。神秘体験を得た人は、自分が育てられた文化背景に合わせて解釈します。それから、それこそが真理だと言い張ったりします。見神体験、幻視、ビジョン、という言葉も使います。西洋の人々はキリスト教文化に合わせた解釈をします。イスラム教の人々は、自分たちの神秘体験をイスラム教に合わせて解釈します。ヒンドゥ教の人々はインド文化に合わせて解釈します。日本人は日本文化に合わせて解釈します。または西洋文化と日本文化を融合させて解釈します。神秘体験を得た人に「それは幻覚ではないの?」と言ったら、激しい反発に見舞われます。経験者は皆、「それから私の人生観が変わりました。生き方が変わりました」と言います。もちろん、そうは言っても実際は何も変わっていないという人もいます。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p119】

 
 
 

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