神秘体験を得ることは目的でない
- sapporobukkyoujuku
- 2 日前
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神秘体験を得ることは目的でない
例えば瞑想中、普通とまったく違った光を体験したとします。脳に起きた現象なので、否定する必要はありません。しかし「したがって、人の魂はまぶしく輝く光である」という哲学は駄目です。そのように言うための証拠はありません。長部経典の第一『Brahmajālasuttanta 梵網経』では、このポイントが明確に語られています。瞑想中、何を経験するか、分かったものではないのです。しかもその経験は、修行者の文化、教育、信仰、洗脳、マインドコントロール、人の影響などによって変わります。真理を発見するために役に立つものではありません。かえって邪魔です。
ヴィパッサナー実践は、瞑想のこの弱点を解決しています。先入観などが割り込むことはストップします。思考さえもストップしようとするのです。ありのままに観察するのです。何か経験すること、神秘体験を得ることは、目的ではありません。
【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p97
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