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空=一切の現象

  • sapporobukkyoujuku
  • 7月3日
  • 読了時間: 1分

空=一切の現象

 あると思っていたのに、実際はないと分かったときは、無という言葉を使います。例えば、財布の中に金があると思っていました。開けてみたら、金はなかったのです。そのときは「金がない」と言います。

 皆、「我がある」と思っています。しかし調べてみても、我は見つかりません。ですから、anattā 無我と言うのです。無我=空ですが、決して空=無ではないのです。空=一切の現象です。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p167】

 
 
 

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