top of page
検索

膨らみ・縮みはたくさんの変化の流れ

  • sapporobukkyoujuku
  • 2月12日
  • 読了時間: 1分

膨らみ・縮みはたくさんの変化の流れ


 具体的にいえば、「膨らみ」と確認したならば、次に「縮み」と確認せざるを得ないのです。しかし、これだけでは経験が足りません。膨らみとは、たくさんの変化の流れです。分かりやすく言うと、生・住・滅という三つのステップがあります。たくさんの現象の変化の過程で、大雑把に「膨らみ」という現象が起きます。膨らみが終わったら、たちまち「縮み」が起こるのではないのです。膨らんだ感覚はそこで消えて、瞬間停止してまったく正反対の感覚の流れがじわじわとスタートするのです。このやり方で、心の変化についても実践してみます。どんな現象をラベリングしても、「A という現象が起きたらB という現象が次に起きます」という公式を発見できます。


【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p107】

 
 
 

最新記事

すべて表示
現象のありのままの姿を観ていることが解脱であるとは言えません

現象のありのままの姿を観ていることが解脱であるとは言えません  ここはとても難しいポイントです。智慧は本物です。観察する三相も現象の本物の姿です。ありのままの姿です。修行者も指導者も、疑問に思う必要はまったくありません。では、なぜ障碍になるのでしょうか。修行者が自分の経験を「これは解脱ではないのか」と解釈したからです。これは、ヴィパッサナー実践する誰もが陥りやすい落とし穴です。  修行者はこの落と

 
 
 
観察の汚れ:② 智慧ñāṇa

観察の汚れ:② 智慧ñāṇa  言葉がないので、ñāṇa を智慧と訳しました。仏教用語としての智慧はpaññā です。そのpaññā ではないと言うために、障碍になる智慧についてパーリ語でñāṇa という言葉を使っているのです。  ここで言うñāṇa とは、ヴィパッサナーの智慧のことです。強烈なスピードで無常・苦・無我が観えるのです。どんな現象を観察しても、その現象は無常・苦・無我に分解されて観え

 
 
 
観察の汚れ:① 光obhāsa

観察の汚れ:① 光obhāsa  Obhāsa とは光のことです。瞑想中、頭の中にじわじわと光が現れてきます。まぶしくなるほど明るくなる場合もあります。光とは目を開ければ見えるものですが、この光は目を閉じていても見えます。座る瞑想を止めて歩く瞑想などをするときも、この光がどこにでも現れるようになります。当然、そうでない場合もあります。どの程度の光かということは個人差があると思います。目で光を見るの

 
 
 

コメント


bottom of page