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観智:④ 怖畏智は恐れ

  • sapporobukkyoujuku
  • 10月10日
  • 読了時間: 1分

観智:④ 怖畏智は恐れ 次はbhaya-ñāṇa 怖畏智です。壊れるのは怖いです。これが摂理です。しかし、それだけ聞いても、すぐには理解できないでしょう。 我々はどのように恐怖感を持ちますか? 癌になるのは怖い。病気になるのは怖い。人に殴られるのは怖い。仕事をクビになるのは怖い。鞄をひったくられるのは怖い。クレジットカードの番号を盗まれるのは怖い。個人情報が漏洩するのは怖い。歳を取るのは怖い。死ぬことは怖い……怖いもののリストにはきりがありません。しかし、調べてみると、すべて何かが壊れてなくなることが怖いのだと分かります。人間が恐れる最大の恐怖感は、死ぬことです。それで全部なくなるのだ、という気持ちになります。というわけで、摂理は「壊れるのは怖い」ということになります。【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p43】

 
 
 

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見解を破る 解脱の境地に達する修行者は、捏造機能を止めるのです。自然に捏造してしまう習慣がなくなった状態は悟りであると、釈尊は説かれます。 修行を始めた私たちに、いきなり捏造機能をストップすることはできません。それには長い修行が必要です。順番に進めばよいのです。最初は見解を破るところからです。すべての見解がいい加減な幻覚であると発見するのです。目覚めてみるのです。 我々の心は、どれほどの見解・信仰

 
 
 
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見解は捏造した概念の組み合わせ 見解とは具体的にはどういうものでしょうか? 「私がいる」「私に魂がある」「世界は神が創造したものである」「全知全能の神がいる」「死後永遠の命がある」などです。宗教と哲学は組織化された見解なのです。すべての迷信も、極めて厄介な見解です。人間のあいだで一体どれくらい見解があるのか、知るすべもありません。古い見解を受け継いだりもしますし、他人の見解を学んで受け取ったりもし

 
 
 

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