top of page
検索

066 記憶はいい加減なもの

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年1月5日
  • 読了時間: 1分

 私たちは過去の一部を覚えているだけで、他は忘れているのです。誰かに「自分の過去を思い出してください」と言ったら、とても雑に、いい加減に、途切れ途切れで思い出すでしょう。「一歳でこういうことがあって、二歳ではこういうこと、三歳ではこういうこと …」というようには思い出さないのです。以前、駅で若いお父さんと子供の微笑ましい光景を見かけました。階段を下りようとしたとき、子供は、自分で階段を下りたくないから、父親の体に飛びつきました。父親は、何のことなく抱っこしてあげるのです。私はそれを見た瞬間、「この子は大きくなったら、親に抱っこしてもらったことを覚えているだろうか」と思いました。私たちは、忘れてしまうのです。そして、何か悪いことをして「コラッ、何をやっているのだ」と怒られたことだけを覚えているのです。感情で過去を思い出しても、それは役に立ちません。記憶はすごくいい加減です。思い出せるのは、初恋の人とか、感情で記憶になった過去で、理性で引き出せる過去ではありません。私たちは感情で記憶してしまうのです。『一分で読むブッダの教え』第2章 心の正体を知れば、人は成長することができる 《心の癖》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【悩みと縁のない生き方 「日々是好日」 経 (2009年) p63】

 
 
 

最新記事

すべて表示
六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑦ 省察智paṭisaṅkhā ñāṇa  火事の喩えの続きです。燃えている寝室から脱出したくなるでしょう。しかし、その気持ちになっただけで、脱出成功とは言えません。まだ脱出を実行してもいません。脱出を実行する前に、やらなくてはいけないことがあるのです。それは火事になっている寝室を観察することです。正しく観察しないで脱出を実行すると、死んでしまうかもしれません。窓から逃げれば

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑥ 脱欲智muñcitukamyatā ñāṇa  自分がいる状況は確実に危険であると分かれば、そこから脱出したくなります。自分の寝ている部屋が火事になってごうごうと炎が上がっていると発見したら、心は瞬時に脱出したいと思います。「きれいな部屋だったのに」「気に入っていたのに」「模様替えしたばかりだったのに」云々とは考えません。この喩えのように、修行者は一切の現象から脱出するべ

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑤ 厭離智nibbidā ñāṇa  一切の現象は怖畏のみをつかさどるのが本性であるならば、現象に対する未練を捨ててしまうのが理性的です。おいしそうに見える食べ物がある。食べたいという気持ちもある。その食べ物を徹底的に調べてみたところ、少量服用しただけでも死に至る猛毒で汚染されていると発見する。その発見と同時に、その食べ物に対して今まで持っていた未練は跡形もなく消えるのです。

 
 
 

コメント


bottom of page