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136 感情の衝動で話すのをやめる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年2月20日
  • 読了時間: 1分

 この世は、自分の意見ばかり言いたがる無智な人々で構成されています。ちょっと考えてみてください。自分に言いたいことがあるならば、他人にも言いたいことがあるのです。言いたいことがあるときは、必ずその裏に感情も入っています。感情とは理性の反対です。状況を客観的に判断しない気持ちなのです。感情は自分の意見を、ところ構わず相手にぶつける気持ちにさせるのです。言葉を交わしただけでは、人は怒らないものです。感情が言葉を言わせているから、怒りの炎が燃え上がるのです。簡単な修行で、この問題は解決できます。それは「相手が先」という理論です。先に相手に言わせてください。それから、その内容を理解してください。反論はやめてください。相手が言い終わってから、反論ではなく、自分の意見を述べてください。自分に言いたいことがあるならば、すべての人間にも言いたいことがあるのだと理解してください。できるだけ、感情の衝動で話すのは中止してください。また、大事な会話をするときも、感情が割り込まないように気をつけましょう。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《コミュニケーション》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 p111】

 
 
 

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