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148 悪い環境ならば離れるべき

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年3月4日
  • 読了時間: 1分

 天才でない限り、人は他人から学びます。他人の影響を受けるのです。学んだということは人の影響を受けたということです。他人の影響は自分の成長に対して絶対的条件です。お釈迦様は、もし周囲の環境が自分に悪い影響を与えているとわかったら、すぐにその環境から出ていくべきだと推薦します。「友達を大事にしましょう」は仏教ではありません。友達が自分にとって悪い環境ならば、離れるべきだと勧めます。環境によって自分が変わりますから、良い環境を選ばないといけません。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第3章 社会で成功するために《コミュニケーション》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【忘れる練習・記憶のコツ 役立つ初期仏教法話14 (サンガ新書 2013年) p186】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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