top of page
検索

22 怒るのではなく、微笑んでみる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年10月29日
  • 読了時間: 1分

 ぜひ、このように考えましょう。「私は人生に勝ちたいのですか? 負けたいのですか? 成功 したいのですか? 失敗したいのですか?」と。答えは明確です。人生に勝ちたいのです。負けたくはないのです。成功したいのです。この希望を叶えてくれる、魔法の杖があります。何があっても、怒るのではなく微笑んでみるのです。「怒りは黒魔術で、慈しみは白魔術だ」と思いましょう。怒りの黒魔術の場合、その呪いは自分のところに向かってきます。慈しみの白魔術の場合は、暗いところにまぶしく輝く灯火を置いたような感じになります。皆、幸せになります。ですから、その都度その都度、自分の原動力をチェックするようにします。「今、あなたが振っているのは、黒魔術の杖ですか? 白魔術の杖ですか?」。黒魔術のだとわかったら、自然にそれを捨てたくなるでしょう。この訓練で、怒り必要悪論から解放されます。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《怒り》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【怒らない練習 P38】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page