top of page
検索

268 執着は無駄

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年8月13日
  • 読了時間: 1分

 人間は、好き勝手に無常の一部をハイライトして現象を妄想して、ある現象に「早く変わってくれ」、ある現象に「変わらないでそのままでいてくれ」と希望、願望しています。しかし「早く変わってくれ」と頼んでも、「そのまま変わらないでいてくれ」と頼んでも、変化の速さは一定です。事実として絶えず変わるのだから執着しても無駄です。だから「希望する者、願望する者は、愚者である」とブッダは言うのです。

『一分で読むブッダの教え』第5章 仏教が教える「生きること」の本質《無常》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版

【無常の見方 サンガ新社2023年) p97】

 
 
 

最新記事

すべて表示
知識は執着をつくる原因にもなる

知識は執着をつくる原因にもなる  俗世間的な知識で考えると、四聖諦とは四つの項目です。内容はそれぞれ違います。仏弟子は四聖諦を別々に理解します。例えば第一は苦聖諦です。そのとき、生老病死などを学びます。第二の集聖諦は苦をつかさどる原因なので、三種類の渇愛について学びます。三番目の滅聖諦は渇愛がない状態である、したがって涅槃であると、なんとなく理解するだけで終わります。四番目の道聖諦は八項目の八正道

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑨ 諦随順智saccānulomika ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑨ 諦随順智saccānulomika ñāṇa   次に生まれるのは、諦随順智saccānulomika ñāṇa です。Sacca とはお釈迦様が語られた四聖諦のことです。仏道を学ぶ人々は、最初から四聖諦を学びます。徹底的に学んだとしても、弟子の理解は知識範囲に留まります。知識能力で理解できるところまで理解するのです。しかし知識とは、俗世間的な現象です。  知識によって執

 
 
 
六番目の行道智見清浄:⑧ 行捨智saṅkhārupekkhā ñāṇa

六番目の行道智見清浄:⑧ 行捨智saṅkhārupekkhā ñāṇa  火事になった寝室の話に戻りましょう。脱出したいという目的で寝室を観察しました。どこも危険で、寝室の中にいては助かるはずがありません。寝室のことは諦めて放っておかなければいけません。寝室はどうなってもいっこうに構わないという気持ちにならなければいけないのです。  一切の現象から脱出すべきであるという智慧に基づいて観察を続けた修

 
 
 

コメント


bottom of page