279 存在とは、不完全なもの
- sapporobukkyoujuku
- 2024年8月24日
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存在が完璧だったら、お茶を飲むこともできません。お茶が「温かいお茶」として完璧だったら冷めませんし、体に入らないはずです。体に入ったら、お茶はお茶でなくなってしまいます。しかし、実際はお茶は不完全なので、口の中やお腹の中で温度が変わって、分解されたりして、体の中をめぐって排出される。だからお茶なのです。不完全だからこそ飲めるわけです。自分の体もずーっと変化し続けるから「生きている」ことができるでしょう? 完全だったら変化しません。体は細胞が壊れていくし、年も取っていくし、だから材料を入れなくてはいけないし、ご飯も入れなくてはいけない。入れても入れても、またまたまた壊れていく。それでこそ「生きている」ということなのです。川がなぜ流れるのかというと、不安定だからです。酸素はもっとも不安定な元素ですが、我々はそのおかげで生きているでしょう? そのおかげで体が壊れたら、また作れます。ですから、「不完全が存在」なのです。それなのに、バカな人々は完璧を目指しているのです。『一分で読むブッダの教え』第5章 仏教が教える「生きること」の本質《無常》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【いまここに生きる智慧―シスターが長老に聞きたかったこと 鈴木秀子 氏との共著 (2007年) p153】
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