top of page
検索

287 何も持たなければ、死は怖くない

  • sapporobukkyoujuku
  • 2023年10月12日
  • 読了時間: 1分

 死を恐れるもう一つの原因は、自分が執着している財産、人々、地位などから離れるのが嫌だということです。お金はたくさんあるし、好きな人々もいるしとなると、こうしたものは捨てたくありません。しかし、死ぬと捨てなくてはならない。ですから死ぬのが怖いのです。だからこそ、お釈迦様は仏弟子たちに、財産、地位、権力を持つことを禁止しています。「何も持つな」 「何もないほうが安心だ」と。捨てるものは何もないと、心は安定します。今、死んでも、別にどうということはなくなるのです。 『一瞬で心を磨くブッダの教え』第5章 老病死に向き合い、人生を豊かにする《死》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【智慧は人生の針盤 人がめざすべき幸福の話 (お釈迦さまが教えたこ8,2009年) p107】

 
 
 

最新記事

すべて表示
無常・苦・無我と解脱の関係

無常・苦・無我と解脱の関係  解脱に達するためには、一切の現象が無常であり苦であり無我であると観察しなくてはいけません。集中力が上がったら、修行者は五番目の道非道智見清浄に入るところから意図的に無常・苦・無我を観察してきました。そのとき、現象は互いに異なる三つの本性を持っているように観えます。さらに修行すると、無常・苦・無我のうち一つの本性だけが心によく分かるようになります。心はその本性にあえて興

 
 
 
自分の修行は完了したのだろうかと、観察する

自分の修行は完了したのだろうかと、観察する  この観察が終わったら、自分の修行は完了したのだろうかと、観察します。まだいくつかの煩悩が残っていること、まだまだ感情が湧きでる可能性があることを発見します。それは残りの煩悩の観察です。  残りの煩悩の観察が、悟りに達してたちまちできるかどうかは分かりません。解脱に達したショックが冷めたところで、再び心を観察するやり方もよいと思います。遅かれ早かれこの観

 
 
 
いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる

いろいろな方法がすべて間違いであるとが実証済みとなる  解脱に達することができたのは、釈尊の説かれた観察方法を実践したからです。したがって、苦を乗り越えるためには観察実践が正しい方法であるということになります。心を清らかにするために、魂を浄化するために、真我を体験するために、などなどの目的を設定して、その目的に達するために世の中でいろいろな方法が説かれています。それらはすべて間違いであると、修行者

 
 
 

コメント


bottom of page