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311 病気になる心、ならない心

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年9月25日
  • 読了時間: 1分

 病気の人は、病気になる道を歩んでいるのです。わがままな心を慈悲の心に変えれば、それは一八〇度心を変えることですから、まったく違う道を歩くようになるでしょう。慈悲心の道を歩いているうちに、病気は自然に治っていきます。ですからわがままな心を慈悲の心に変えるということが、病人の一番基本的な心構えなのです。もっとも、心を変えたとたんに病気が治るわけではありません。時間をかけて病気になったのだから、治るためにもしばらく時間がかかります。『一分で読むブッダの教え』第5章 仏教が教える「生きること」の本質《自我》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【まさか「老病死に勝つ方法」があったとはブッダが説く心と健康の因果法則 (2008年) (改題 「老病死に勝つブッダの智慧 心と健康の因果法則」2017年 p148)

 
 
 

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