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318 慈しみの関係性で安らかに生きる

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年10月2日
  • 読了時間: 1分

 「自然に感謝します」と言っても、自然は何もしてくれません。しかし、「皆様に感謝します」と正直に言うと、その「皆様」がいろいろ助けてくれます。けっして一人では生きられないのです。互いに心配し合って、互いの面倒を見て、互いに感謝して、生きる。そういう慈しみの生き方で心に強い力がつき、幸福に生きられるのです。ですから我々は、慈しみという絆で結ばれていなければいけないのです。誰でも死ぬことは避けられませんが、慈しみで結ばれた関係性の中でなら、安らぎを感じて生活することができるのです。『一分で読むブッダの教え』第5章 仏教が教える「生きること」の本質《自我》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【いつだって逆境 それでも 「くじけない」 心がまえ (2012年) p82】

 
 
 

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