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59 一切の行為の衝動は苦

  • sapporobukkyoujuku
  • 2024年12月6日
  • 読了時間: 2分

 苦は我々の専門用語なのです。ですから、勝手に解釈すれば間違います。ちゃんと専門用語を作った人から、定義を聞かなければいけません。わざわざ一般社会で使う言葉を使っているのです。そうすると大勢が興味を持ってくれて、多くの人々を幸せにすることができます。そのために、皆さんがわかっているような言葉を使うのです。科学の場合は、科学を学んでいる学生以外は、専門用語が理解できないでしょう。仏教は、幸福学ですから、すべての生命が幸せになるために、わかりやすい言葉を使うのです。では、説明します。お腹が空く、のどが渇く、などの現象が起きたら、人は苦ではなく幸福を感じると仮定しましょう。そうするとその人は、何も食べず、何も飲まず、幸福を維持しようとするのです。それで人生は終わり。息を止めてみると幸福を感じるならば、人は呼吸しません。だから、生き続けるために「苦」が必要です。苦があるからこそ、その苦をなくそうと努力します。それが生きることです。すっぴんの顔が魅力的でないことに苦(不満)を感じる女性は、化粧するのです。人間に限らず、すべての生命が生きるために行なっている一切の行為の衝動が、「苦」なのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第1章 私たちの悩みを解決する《苦》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【仏教と科学が発見した 「幸せの法則」 - 「心」と「私」のメカニズムを解き明かす p132】

 
 
 

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