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93 大事なのは行為の業

  • sapporobukkyoujuku
  • 1月8日
  • 読了時間: 1分

 「業(カルマ)」といえば、行為という意味も、結果という意味もあるのです。一つは過去で、もう一つは行為です。一般の方々は、業の二つの意味のうち、過去ばかりを気にします。しかし、過去はどうにもなりませんし、わかりもしないものです。やるべきことは、結果が出たあとの行為に気をつけることです。「次にあなたはどうするのか?」ということだけが重要な問題です。いつでも皆さんの頭の中に、「では、どうしましょう?」という質問を入れておいてください。過去の業は無視する、放っておくことにするのです。過去ではなく、常に「今、こうなってしまったから、どうしましょう?」という、たったそれだけに集中します。個人個人がそれを常に考えて行動すれば、物事はものすごくうまくいくのです。「ああ、大変だ。大変なことになっちゃった。どうしよう」ではなく、「では、この場合はどうしましょう?」と、次の行動に向かうのです。『一瞬で心を磨くブッダの教え』第2章 仏教の教えを理解する《カルマ》アルボムッレ・スマナサーラ サンガ出版【業/苦/死―アルボムッレスマナサーラ法話選12012年 p77】

 
 
 

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