top of page
検索

出家戒律④ paccaya-sannissita-sīla「資具に依止するという戒」

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年11月25日
  • 読了時間: 1分

出家戒律④ paccaya-sannissita-sīla「資具に依止するという戒」 四番目はpaccaya-sannissita-sīla です。「資具に依止するという戒」と訳されていますが、「資具に関する戒」と理解しておきましょう。資具とは衣・食・住・薬のことです。在家・出家を問わず、命を繋ぐために欠かせない四つです。俗世間では資具を得る行為が暴走しています。食文化は把握できないほど広いです。服やアクセサリーについても同じことです。住居も派手な建築文化になるまで暴走しています。また、医療の発展にしても、専門家にも追いつけないほど暴走しています。その理由は、「欲は満たせない」ことです。皆、欲を満たそうとしているのです。しかしそれは、喉が渇いたら塩水を飲むような行為です。飲めば飲むほど渇きが増すのです。ですから限りのない自然破壊、生命破壊の生き方になってしまいます。【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p70】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page