top of page
検索

原始脳にあるのは存在欲と恐怖感

  • sapporobukkyoujuku
  • 4月9日
  • 読了時間: 1分

原始脳にあるのは存在欲と恐怖感

 原始脳は獣の脳だとも言います。原始脳に思考能力はありません。外の世界を認識する能力もありません。原始脳にあるのは存在欲と恐怖感です。外の世界・現実を知る能力がないから、仏教的に無知・無明だとしているのです。無知・無明を土台にしているため、存在欲と恐怖感(怒り)が起こるのです。それは有名な貪瞋痴です。原始脳は生まれるとき、配線は完了しています。よくはたらきます。この獣の脳が発信する信号で、大脳がはたらきます。生きていきたいという存在欲の信号を出すのです。大脳が必死になって、生き延びるためにがんばるのです。そして、人間がおこなう勉強・研究等々、すべての作業が、生き延びるという目的のために為されます。それから原始脳は恐怖の信号を出します。大脳は必死になって、存在に邪魔なものを避ける技を身につけます。細菌の退治の仕方だけではなく、同じ人間をライバルだとみなして人を殺す道具まで開発するのです。こうして原子爆弾も現れます。科学の進歩も大量破壊兵器の開発も、大脳がやっています。文化・文明も同じことです。生き延びることと敵を倒すことがメインテーマなのです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p134】

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page