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大脳の配線を繋げて大脳が原始脳を管理する

  • sapporobukkyoujuku
  • 4月15日
  • 読了時間: 1分

大脳の配線を繋げて大脳が原始脳を管理する

 一つも悪いものではないのです。がんばって作った配線です。しかし「配線ができた」と満足するのは危険です。原始脳を抑えてはいますが、原始脳を制御してはいません。そこで大脳の配線は長すぎるものをカットしたり、短いものを延ばしてみたりして、原始脳に繋げなくてはいけないのです。原始脳に繋げたら、大脳が原始脳を管理することになるのです。神経回路は使わないとなくなります。そのうち原始脳の司令を受けていた神経回路が壊れてしまいます。獣の支配は終わります。それで貪瞋痴が消えます。原始脳は大人しく、生命の基本的なはたらきを監督するようになります。例えば思考・判断能力の要らない消化システム、呼吸機能、心臓の動き、などなどです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p136】

 
 
 

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