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太ることを地水火風で説明

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年7月9日
  • 読了時間: 1分

太ることを地水火風で説明 食べ過ぎると太ります。太るといっても、いくつかの変化が起きます。物質を入れたから重さが増えます。地の元素です。身体の大きさも増えます。風の元素です。太った人の身体はブヨブヨでこんにゃくみたいです。痩せている他の人の身体とは違います。水の元素です。太った人は痩せた人より汗かきです。身体が熱すぎです。口から入れた物質のなかにあった火の元素の仕業です。火がたくさん入ったから、痩せた人より老けるスピードも早いのです。太ることを地水火風で説明すると、このようになります。 水の元素と、風の元素のはたらきは、互い違いです。水の元素は、地の元素が塵になって逃げられないようにして繋げておくのです(引き寄せるエネルギー)。風の元素は、地の元素を引き離して間(あいだ)をつくるのです(引き離すエネルギー)。二つの元素が均衡したところで、ものごとの大きさが決まります。風の瞑想をする人は、ここまで発見しようと努力しなくても構わないのです。ただ、風の元素を発見すれば充分です。【アルボムッレ・スマナサーラ、大念処経、株式会社サンガ2016 p108】

 
 
 

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