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現象に言葉が追いつかない状態を処理する

  • sapporobukkyoujuku
  • 4月22日
  • 読了時間: 1分

現象に言葉が追いつかない状態を処理する

 修行者がこれからどのように観察するのか、というプロセスを言葉で説明することはできません。今までは、「実況中継するのだ」と言い続けてきました。集中力が上がって、煩悩が睡眠状態になって、雑念が出ない状態になっています。現象が変化するスピードに合わせて、観ることができるようになっています。俗世間的な「膨らみ、縮み」などのラベルを貼ってみても、現象の変化は想像を絶する速さで起こるのだと、修行者は分かっているのです。その速さに合わせる言葉は、言語の世界に存在しません。とはいえ何か言葉のラベルを貼っておかないと、集中力と落ち着きが低下する可能性があります。智慧を開発している修行者は、現象に言葉が追いつかない状態をどのように処理すればよいのか、自分で判断する能力を持っています。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p139】

 
 
 

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