top of page
検索

直前と直後の因縁

  • sapporobukkyoujuku
  • 2月7日
  • 読了時間: 1分

直前と直後の因縁

 ヴィパッサナー実践とは、今の瞬間の身体の感覚を確認することから始まります。「今の瞬間」というのは理解しがたいので、歩く・立つ・座る、という三つの行動をおこないつつ、そのときの身体の動きを確認します。確認作業を失敗なくおこなうために、「実況中継する」というやり方を取り入れたのです。別な言葉でいえば、感覚にラベリングします。そこまではみなさん方もよく知っています。

 ラベリングはふだんおこなわないことですから、慣れるまでには時間がかかります。慣れてきたら、身体の動きを確認するときは、身体の感覚変化も明確に分かってきます。それから感覚をラベリングすることにするのです。例えば「左足を上げます」とラベリングする場合は、修行者の集中力は上がる左足の感覚変化につくのです。足を上げる、運ぶ、降ろす、とは物質の動きなので、結構遅く起こります。しかし集中力が感覚についたら、感覚の変化は確認できそうもない速さで起こることを発見するでしょう。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p104

 
 
 

最新記事

すべて表示
お釈迦様が発見された因果法則

お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
広げていけれど

とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

コメント


bottom of page