top of page
検索

直接原因と直接の結果のみを確認する

  • sapporobukkyoujuku
  • 2月20日
  • 読了時間: 1分

直接原因と直接の結果のみを確認する

 因縁法則は、遠い原因ばかり探す愚か者には発見できません。「最初の原因は何なのか? 最初に現れたのは宇宙ですか? 生命ですか? 最終的にはどうなるのか?」などなどを考える人々は、無知のままで留まります。疑が濃くなるばかりで、薄くなることは決してありません。悩みは増えるだけで、減りません。ヴィパッサナー実践者は、直接原因と直接の結果のみを確認するのです。「今、痛みがある。嫌な気持ちが生じる」という確認で充分です。それから、自分が確認した現象とその原因は、確かなものです。曖昧ではありません。推測でもありません。確実なのです。ですから、因縁法則を発見するために、遠い原因ではなく、現象の直接原因のみを観察します。

 ラベリングするという単純な作業を実行する修行者は、人間にとって想像を超えた難しい因縁法則を発見できるのです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p110】

 
 
 

最新記事

すべて表示
自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる

自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる  それから、今現在の心を観察します。何を発見して心が涅槃に入ってしまったのか、観察します。すると、自我は存在しない、成り立たない、因縁によって一時的に起こる現象に対しての勘違いに過ぎない、という発見の次に、涅槃を経験したのだと分かるのです。要するに、「有身見」が消えたのです。修行者は、仏道が正しい道であると経験しています。ですから「疑」も

 
 
 
涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する

涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する  テキストでは、magga 道、phala 果、nibbāna 涅槃、根絶した煩悩、残りの煩悩を観察するのだと説明しています。この順番で観察する必要がある、というわけではありません。修行者は自分が気になる順番で観察すると思います。悟りの経験は並外れた大胆な経験です。そのときは、心さえも存在しなかったのです。修行者は、認識の流れが戻ったら、まずそれを観

 
 
 
強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する

強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する  果心が起きてから、心は有分心になります。それから普通の認識過程に戻ります。普通の認識過程といっても、五根から情報を得て混乱している心のレベルではありません。強烈な集中力で、観察能力がついている心です。その能力を活かして、観察します。ほんの瞬間前に何が起きたのか、観察するのです。 【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サ

 
 
 

コメント


bottom of page