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真理は一つですか?

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年9月9日
  • 読了時間: 1分

真理は一つですか? 世の中で「真理は一つだ。二つは成り立たないのだ」という考えがあります。これは、ただ言葉として言っているだけのもので、真理を発見し、まじめに責任を持って発表している言葉ではありません。「それでも真理は一つでしょう」という考えは皆、持っています。ヒンドゥ教のウパニシャッド・テキストにも、この考えはあります。「真理は一つです」と言われれば、その意味は分かります。では「その真理とは何か?」と問うと、とたんにややこしくなるのです。各人が互いに異なる見解を述べ始めます。 面白いことに、お釈迦様は「真理は一つだ」のような観念的なスローガンをおっしゃっていません。例えば、「聖なる真理は四つです(四聖諦)。一切現象の真理は三つです(三相)」というように言われると、たくさん真理があるのではないかと思われることでしょう。しかし、たくさんはないのです。まとめてみると、真理は二種類です。我々が知っている現象の世界に対する真理と、一切現象を乗り越えた境地という真理です。【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p22】

 
 
 

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お釈迦様が発見された因果法則では、「Aがあるとき、B が生まれる」ということでA とB の間で必然的な関係が生まれてくるのです。因果法則を語る場合、お釈迦様はtathatā(かくの如き状態、真如、涅槃)、avitathatā(虚妄でない状態、真実なる状態、不異如性、真性、不虚妄性)、anaññathā(不異如に、不異に、真実に)、idapaccayatā(これを縁とすること、縁起の道理、此因性、相

 
 
 
「因果法則」は存在そのものの研究成果

「因果法則」は存在そのものの研究成果  お釈迦様の立場からは、単なる純粋論理pure logic というのは意味がないのです。いくらでも回転していくのですから。純粋論理ではなくて、実践性practicability という、実際の人間の生き方にどれぐらい当てはまるかということ、人間の生き方そのものが一番大事であって、そこを抜きに論理だけを発展させません。お釈迦様は人間が生きていること、存在そのもの

 
 
 
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とにかく論理学を広げていくけれど、なかなか実例は出てこなくなってしまいます。数学の場合も同じことで、いくらでも数学は語れますし、つくれますが、実際の世界では例はなくなってしまうのです。そういうことで、古代インド、お釈迦様の時代では「論理だけ」というのはあまり人気がなかったのです。「お釈迦様は論理的だ」と言われたらすごく気に入らない。そういう評判を聞くと、出かけて行って反論する。黙ってはいないのです

 
 
 

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