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観察の汚れ:⑤ 楽sukha

  • sapporobukkyoujuku
  • 3月22日
  • 読了時間: 1分

観察の汚れ:⑤ 楽sukha

 楽の説明は三番目のpīti 喜と同じです。ここでは言葉の違いだけ理解しておきましょう。喜とは激しい波です。楽とはとても落ち着いた波です。楽の場合は、安楽という言葉があるでしょう。楽があって、その上、徹底した安心感もあるのです。普通の日本語でも、「これは楽しい」という場合と「これは楽」という場合には違いがあります。その違いは何かということは言葉で説明しにくいです。蜂蜜の甘さの違いを言葉で説明することと同じです。

 ここでは、安楽の波が際限なく勝手に流れて、修行者の身体の全細胞を支配します。解決するには、修行者は安楽感を観察することです。安楽は悪いものではないけれども、それも解脱ではないと確認するのです。そうすると、執着が起きて修行を止める危険性はなくなります。悟りに達したという勘違いはなくなるのです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p125】

 
 
 

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