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観察の汚れ:⑦ 策励paggaha

  • sapporobukkyoujuku
  • 3月29日
  • 読了時間: 1分

観察の汚れ:⑦ 策励paggaha

 この説明は簡単です。Paggaha の本当の姿は精進です。何があっても何が起きても絶対やるぞと決めて、そのとおりにやることです。修行を始めるときは、これぐらいの意欲がなければ修行は進みません。どんどん智慧が現れてくると、成果が見えてくると、やる気も強くなってしまうものです。そこでバランスが崩れます。

 分かりやすい例を出しましょう。車を運転する人が、アクセルを踏むと前に進むことを発見します。スピードが出ると気持ちがいいものです。それでその人はアクセルばかり集中して踏んでしまうようになる……。そうなると前進して目的地に達するどころか、事故を起こして終わりです。精進は欠かせない心所ですが、「精進主義」はくせものです。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p128】

 
 
 

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