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身体の次に感覚、その次に心の変化

  • sapporobukkyoujuku
  • 2月9日
  • 読了時間: 1分

身体の次に感覚、その次に心の変化

 修行者には大変な仕事が現れてきます。まず、身体の動きを確認しなくてはいけない。それはできるようになりました。次に、感覚の変化も確認しなくてはならない。最初は多種類の感覚があるように思われて、やる気まで失うかもしれませんが、実際にやってみると感覚の種類はそれほどないと発見します。修行者を助けるために、お釈迦様が感覚を苦・楽・不苦不楽という三つに分けています。これを発見すれば、感覚の変化に際しても、ラベリング上手になります。その次に出てくる仕事は、心の変化をラベリングすることです。最初はお手上げです。あまりにも速いのです。しかし、ラベリングしなくてはいけません。この作業もスムーズに進むように、お釈迦様が助けてくれます。心に対してどのように気づきを実践するべきか、具体的に説かれています。必要なラベリングは何か、お釈迦様が教えているのです(『念処経』の心隋観の部を参考にしてください)。

【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サンガ2013 p105】

 
 
 

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